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明治の漢学者・歴史学者笠間益三(1844-97)の『日本史略』を古書店で偶然、再刊本も含め全八巻入手できました。 著者は筑前柳川藩士、明治政府の官吏となり旧制五高などで教鞭を執っていた人です。神武天皇から明治10年の西南の役の終結まで、明治13年の木版本でした。 「小学童蒙のための平易な通史」といい面白い国史概説です。
謙信・信玄の川中島の戦いは「五度合戦記」等により、二人の一騎打ちは天文23(1554)年、川の中とされています。一部現代漢字にしました。
天文二十三年八月。謙信復タ兵八千を帥テ信濃ニ入リ、犀川ヲ渡リテ陣ス。信玄一万人ヲ以テ出テ之ト対ス。塁ヲ固クシテ出デズ。謙信伏ヲ設ケ、甲斐ノ軍ヲ誘キ出シ、之ヲ殺ス。甲斐ノ軍随テ皆出ツ。大ニ戦フテ互ニ勝敗アリ。信玄潜ニ令ヲ下シ、犀川ヲ渡リ、旗ヲ伏セ、葦中ヲ経リ直ニ謙信ノ麾下ヲ襲フ。麾下潰走ス。宇佐美定行、横ニ信玄ヲ撃チ之ヲ破ル。信玄数騎ト走リ河ヲ乱ル。一騎将アリ。白布ヲ以テ面ヲ覆ヒ、太刀ヲ抜キ、来リテ信玄ヲ中流ニ逼ル。信玄将ニ逃レントス。騎将罵テ曰ク、「豎子、此ニ在ルヤ」ト。刀ヲ挙テ之ヲ撃ツ。信玄麾扇ヲ以テ之ヲ扞ク。信玄ノ従士、之ヲ救ハント欲ス、水速シテ近ク能ハズ。槍ヲ挙テ之ヲ撃ツ。馬ニ中ル、馬跳リテ淵中ニ入ル。信玄因リテ免ル。是日両軍死傷相当ル。信玄創ヲ被レリ。・・・越後ノ捕虜云フ、「導キノ騎将ハ乃チ謙信ナリ」ト。
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