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中国文人の教養は「琴棋書画」とされていますが、この「棋」は碁のことで、将棋は西方起源、平安時代には日本でも行われ、いろいろな盤・駒・ルールがあり今の「本将棋」は江戸時代に確立したようです。
戦国時代1には「軍学の参考に」と称して結構楽しまれていたようです。最近福井県一条谷朝倉氏遺跡など戦国期の遺跡から「中将棋」の駒が出土し、テレビ時代劇などでも戦国武将の将棋の場面に登場するようになりました。
中将棋は駒が92(現在の本将棋は40)で、王将、飛車、角行、金将、銀将、桂馬、香車、歩兵に加え「銅将」「麒麟」「獅子」「猛豹」「酔象」などの駒がありました。
現在将棋の駒生産で有名なのは山形県天童市で江戸時代織田二万石城下町時代に武士の内職として始まったものだそうです。
伊達政宗の家臣伊達成実の甲冑に「香車」の駒をデザインしたものがあり、「香車は前進しかしない」から後退しない強者を示すそうです。確かに現在伝わっている古い将棋のルールでも香車は前進しかしません。
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